アイスランドの"土の家"
藤森照信(建築史家・建築家、東京都江戸東京博物館館長、東京大学名誉教授)
読者のほとんどは、建築関係者だけでなく普通の人も、日本最初の住まいとして知られる縄文時代の竪穴住居は、茅葺きの屋根を地面に伏せたような姿をしていた、と思っているに違いない。歴史の教科書を開いても、各地の縄文遺構を訪れても、そのような姿で復元されているのだから仕方がない。
しかし、ここ30年ほどの間に考古学の発掘と世界との比較研究が大きく進み、茅葺きは間違いであったことが明らかになっている。そもそも縄文時代の磨製石器では茅は刈り取ることができない。
茅葺きでないとすると、屋根はどんな作りだったのか。草の生える屋根が地面からこんもり盛り上がり、草の下には薄い土の層、さらに防水層としての樹皮、棰木そして丸太の小屋組が屋根を支えていた。日本の考古学ではこの形式のことを「土葺き」と呼んでいるが、外から眺めると、土ではなく土の流出を抑える雑草(芝)が目につくから、私は「芝葺き」と呼ぶのがイメージにかなう、と考えている。
芝葺きの家は、竪穴の土間も土、少し立ち上がる壁も土、屋根も芝の下地は土だから、土で包まれた家ということもできよう。その土の家がアイスランドでは、ターフハウスと呼ばれ、近年まで、ということは新石器時代から20世紀まで1万年以上にわたり、住まわれ続けてきた。
人類が定住した地域としては最北にして最寒の地に違いないアイスランドは、北海の北辺に位置する島で、今も、夏にも溶けない氷床が島の何分の一かを占め、草は生えるものの、樹はごく一部でしか生育せず、かつて、必要な木材は流木を拾い集めて家を作っていたという。産業は、漁業と羊の牧畜で、羊からの羊毛が一番の稼ぎであった。自分たちの食料は、わずかな畑で採れるジャガイモと豆、そして大量に取れる魚と羊肉。
新石器時代に最初に上陸したのはスコットランドからの開拓民で、14世紀からはデンマークの植民地となり、1944年に独立を果たして今に至る。
首都レイキャビクの空港を降り、一泊し、早朝、タクシーを雇って、時計回りで島を4時間ほど走る。畑は見えず、1時間に1カ所くらい建物の散在する集落が現れ、集落の周りには羊と牛が草を食む。
行先から何を見に来たか了解している運転手に、「いつ頃まで」と聞くと、「私の親の家はそうでしたし、少し前までいっぱいありました」。
いっぱいあった芝葺きの家は、近年、一気に廃棄される中で、〈グランバーの家〉が、歴史的重要さと状態の良さから旧状のまま保存されている。
この家のみ昔の状態がよく保たれたのは理由があり、17世紀のこと、イギリスの富豪が探検にやってきて、重要さを認め、以後、旧状を保つことができるよう、経済的支援をしてくれたからだという。
車の窓から目指す建物をとらえた時、まず、窓というものの大切さを思った。もし窓がなければ、田舎の給水施設かただの土盛りか、誤解しただろう。窓は、中で人が暮らしているとの証に違いない。
近づいて壁の側面に注意すると、コンクリートブロックほどの大きさの土のような層が積み重なっていることが分かる。圧縮された枯草と細い根が絡み合ってブロック状をなしているのだ。近くに広がる湿原の雑草は、冬になって枯れても、極寒のせいですぐ腐ったりせず、10年20年と積もって半ば炭化した多孔質の土状となるから、刃物でブロック状に切り取って、積んで壁とし、棰木の上に並べて屋根葺き材となす。日本の土葺き屋根は防水層として桧や白樺の樹皮を使っていたはずだが、ここでは防水層無しで大丈夫らしい。おそらく、元枯草の厚い層が上から浸みてきた水を、毛細管現象を使って、下へと、壁へと、さらに土へと導いているのではないか。
南側に回ると、意外にも、切妻屋根が6つ連なり、妻壁は草ではなくペンキ塗りの板で作られている。地元の研究書によると、この家については長い歴史が分かっており、1681年の段階では、この面が今より長く、3棟で構成され、そこだけが板壁になっていた。発掘で知られるさらに昔の例では、全面が土壁で、おそらく屋根に開けられた穴から出入りしていたと思われる。
全面土壁は今のグランバーも南西以外はそうで、平面図を見ると、竪穴住居というより、厚い土の層にアリのように縦横に穴を掘って暮らしていたことが分かる。最初に目にした窓が5つ並んだ棟は、家族の寝室で、中は3室に区切られ、2台、6台、2台のベッドが板張りの床の上に置かれている。今は板床の上だが、かつては草や毛皮を敷いて土間で寝ていたに違いない。
炉に火さえ絶やさなければ、内は暖かいだけでなく、空気は乾燥し、無事、春を迎えることが出来た。燃料は半ば炭化した元枯草の層を使えばいい。少し煙たいのはガマン。
およびhttps://www.glaumbaer.is(The Skagafjörður Heritage Museum, Iceland)より作成
- 現在のページ: 1ページ目
- 1 / 1
藤森照信(建築史家・建築家、東京都江戸東京博物館館長、東京大学名誉教授)
1946年生。東京大学大学院建築学専攻修了。主な建築作品に「ニラハウス」「高過庵」「モザイクタイルミュージアム」、著書に『明治の東京計画』(岩波書店)、『建築探偵の冒険 東京編』(筑摩書房)、『藤森照信 建築が人にはたらきかけること』(平凡社)など。
No.65「大地」
生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)
-
大地の色と表情
- 全編を読む
-
地球の土・惑星の土
藤井一至(福島国際研究教育機構 土壌ホメオスタシス研究ユニット ユニットリーダー)
- 全編を読む
-
宇宙の土地は誰のもの?—惑星「地球化」の倫理を考える
元村有希子(同志社大学生命医科学部特別客員教授、毎日新聞社客員編集委員)
- 全編を読む
-
テラフォーミング―火星における生態系の創成と復元
クリストファー・P・マッケイ(惑星科学者、NASAエイムズ研究センターシニアサイエンティスト) 訳:竹内 薫
- 全編を読む
-
OBAYASHI PROJECT
火星の大地創成—クレーターのパラテラフォーミング
構想:大林プロジェクトチーム
- 全編を読む
-
赤い大地の夢—火星移民の500年
竹内 薫(サイエンス作家、ZEN大学知能情報社会学部教授)
- 全編を読む
-
アイスランドの"土の家"
藤森照信(建築史家・建築家、東京都江戸東京博物館館長、東京大学名誉教授)
- 全編を読む
-
大地の記憶—その成り立ちと人々の営み
- 全編を読む