テラフォーミング—火星における生態系の創成と復元
クリストファー・P・マッケイ(惑星科学者、NASAエイムズ研究センターシニアサイエンティスト) 訳:竹内 薫
火星—生命のかつての世界、そして未来の世界
火星は長年にわたり、SF作品や将来の有人探査計画の興味の中心であり続けてきた。NASAはこれまでに20回を超える火星ミッションを送り込んでおり、これは、他のどんな惑星と比べても倍以上の回数だ。火星が私たちの研究と夢の焦点であることには、十分な理由がある。かつて火星は、地球に非常によく似た惑星だったからである。過去の火星の表面には水が存在していた。周回探査機の画像には、豊富に流れる水を明確に示すさまざまな流水地形や水路の痕跡が写っている。やや逆説的なのは、位置関係を示す画像において、ナネディ峡谷の両側の地形が、月面に似た、風化していないクレーター地形のように見えることだ。これは、流水活動がきわめて局地的であったか、断続的であったか、継続期間が短かったか、あるいはそのすべてであった可能性を示している。
マーズ・グローバル・サーベイヤーが撮影。画像の範囲は9.8km×18.5kmで、峡谷の幅は約2.5 km。火星の流水地形の一部が、ある程度の期間、地表を安定的に流れた液体の水によって削られたことを示す、現時点で最も有力な証拠である。 画像提供:NASA/Malin Space Science Systems
私たちのコンピューターモデルが正しいなら、約35億年前の時点では、火星は当時もっとも地球に近い条件を備えた惑星だったことになる。下図は、35億年以上前の火星がどのような姿であったかを示す概念図だ。この図は宇宙から見た地球を思い起こさせるが、まさにそれがポイントだ。35億年前、私たちの太陽系には「ブルー・マーブル」(青い惑星)が2つあったのだ。35億年前までには地球にはすでに生命が存在していた。
グリーンランドやオーストラリアの太古の岩石には、生命の直接的な証拠が残されている。地球で生命が最初に化石記録に現れる時期に、地球と火星が似た環境にあったのなら、その時期の火星で何が起きていたのかという疑問が生まれる。生命はあったのか。地球から生命が移ったのか、それとも火星で独自に生まれたのか。火星が初期の地球に似ていた時期に由来する有機物の痕跡は、火星探査ミッションにとって重要な標的であり、探査車キュリオシティとパーサヴィアランスによる有機物の発見によって、その手がかりが見え始めている。
NASAエイムズ研究センター作成
もし遠い過去の火星が、地球のように水に富んだ環境を持っていたのなら、どうして今日見られるような砂漠の惑星になったのだろう?私たちは、火星の乾燥化と大気の喪失は、重力が地球の3分の1と小さいこと、全球(惑星全体)的な磁場が失われたこと、そしてプレートテクトニクスが存在しないことの結果だと考えている。これら3つの要因はすべて、火星が小さすぎることに由来する。火星の質量は地球の10分の1であり、プレートテクトニクスや全球的な磁場を駆動するような活動的な内部を維持するには十分な大きさではない。
初期の大気中の気体(二酸化炭素)や水がその後どうなったのか、まだ確かなことはわかっていない。水や二酸化炭素は地下に埋もれているのかもしれないし、宇宙空間へ失われたのかもしれない。火星地下に関する明確なデータがまだ得られていないため、判断できないのだ。私たちがこれまでに掘削できた深さは、せいぜい数cmにすぎない。
火星を生命ある惑星にできるのか?
もし火星にかつて水があり、ひょっとすると生命も存在したのなら、そうした居住可能な環境を再び回復できるだろうか。興味深いことに、35億年前の火星では、太陽は現在の約3分の2の明るさしかなかったにもかかわらず、地表に液体の水を保てるほど十分に温暖だった。したがって、当時の火星にあったはずの厚い大気と、それに伴う水を取り戻すことができれば、火星は再び容易に居住可能になるだろう。鍵となるのは、地下にどれだけの二酸化炭素、水、窒素が存在している可能性があるかである。もし存在するなら、第一歩は火星を温めることであり、そうすればこれらの物質が地下から表層へ放出されることになる。
どうしたら火星を温められるか。その明確な手がかりは、遠くを探すまでもない。ここ地球上で、私たち人類は温室効果ガスによって惑星全体を温めている。私たちの母星では望ましいことではないかもしれないが、火星を再び居住可能にする過程を始めるには、まさに必要なことなのだ。
温室効果ガスは、入射する太陽エネルギーを閉じ込めることで惑星を温める。もし地表に届く太陽エネルギーを100%の効率で閉じ込められれば、火星は10年足らずで地球と同じくらい温暖になるだろう。もちろん、最適な組み合わせの温室効果ガス(SF6:六フッ化硫黄、CF4:四フッ化炭素、C2F6:六フッ化エタン、C3F8:八フッ化プロパン)によって火星の温室効果を強めたとしても、その効率が100%になるわけではない。だが、10%程度にはなりうる。そうであれば、火星を温めるのにかかる時間は100年ほどになる。
その結果生じる厚く温暖な大気の成分は、主として二酸化炭素と窒素であり、約20億年前以前の地球大気とよく似たものになるだろう。やがて植物が大気中の二酸化炭素を有機物と酸素へと変えていく。酸素生成の時間スケールは非常に長く、植物が生み出した有機物がきわめて効率よく埋没すると仮定しても、およそ10万年かかる。地表を歩く人間は与圧宇宙服を必要としなくなるだろうが、酸素供給装置は必要である。
火星に厚い大気があれば、たとえ呼吸に十分な酸素がなくても、現在の薄い大気に比べて多くの利点がある。第一に、宇宙線や太陽フレアに対する放射線遮蔽効果が得られる。第二に、居住施設の建設が容易になる。大きな圧力差に耐える必要がなくなり、居住施設は気密性さえ保てればよいからだ。これにより、大規模な構造物、さらには建物群全体を一つの構造物で囲うことも、はるかに現実的になる。SF小説の表紙を飾ることの多いドーム都市は、現在の火星では実現できないが、このような厚い二酸化炭素大気があれば可能になる。
より温暖で湿潤な火星は、たとえ大気の大部分が二酸化炭素で、酸素が少量しかなくても、多くの植物、昆虫、多様な無脊椎動物を含む幅広い生命形態にとって居住可能となりうる。テラフォームされた火星に生息する生命は地球由来であると想定されることが多い。もし火星の過去の生命がはるか以前に絶滅してしまっているなら、それが唯一の選択肢かもしれない。しかし、初期の生命活動の痕跡がなお残っているなら、テラフォーム後の火星を満たす生命は在来のものになる可能性もある。とりわけ、それが「第二の生命発生」、すなわち地球生命とは明確に異なる起源を持つ生命である場合には、きわめて興味深い。そうなれば火星は、地球の全球的生物圏とは異なる全球的生物圏を持つ惑星になる。この場合には、科学的に興味深い可能性があるだけでなく、重要な倫理的問題が生まれる。
現在のところ、私たちは火星には生命が存在しないと仮定し、地球の生命を火星に広げることを想定している。しかし、本当に火星に生命が存在しないかどうかはわかっていない。だから、火星探査にあたっては、生物学的に取り返しのつかない汚染を引き起こさないよう慎重でなければならない。これは「オーストラリアのウサギ(※1)」の事例として知られている。
明らかだと思うが、火星のテラフォーミングは、地球の複製をつくることではない。火星を、全球的な生物圏を支えうる惑星にすること——おそらくは再びそうすること——なのだ。したがって、テラフォーミングというよりも「惑星生態系創成」(惑星エコシンセシス(※2))と呼ぶほうが適切かもしれない。そこに存在する生命は地球由来かもしれないし、回復した在来生物相かもしれない。いずれにせよ、生命のある火星は関心に値し、価値がある。
もし人類の努力によって火星に厚い大気が形成され、古代の環境が再現されたとしても、低重力と全球磁場の欠如により、その大気はいずれ宇宙空間へ散逸してしまうだろう。しかし、大気の散逸はゆっくり進むため、失われるまでには数百万年かかる。火星の歴史に比べれば短い時間だが、人間の時間スケールでは非常に長い時間である。これは、おそらく遠い未来の世代にとっての課題となるだろう。
※1 生物侵入が在来生態系に被害を与える古典的な例。19世紀半ばごろ、イギリスからオーストラリアに持ち込まれた少数の野生ウサギが爆発的に増え、現在では侵略的外来種として管理対象となっている。
※2 シンセシス(Synthesis)は合成、統合などを意味し、生命の力を用いて新たな生態系を創り出すアプローチを指す。
私たちは火星に生命をもたらすべきなのか?
火星のテラフォーミングは、居住可能な惑星がどのように機能するのかを学ぶための教材だ。それは、地球を破壊し尽くしたあとに頼る「最後の手段」や「プラネットB」ではない。そのような見方は、倫理的にも技術的にも不合理だ。もちろん、私たちは地球を最優先し、地球上の生命の豊かさと多様性を維持することを重視すべきだ。しかし、地球を守ることと火星をテラフォームすることを対立させる必要はない。むしろ、火星のテラフォーミングとは、居住可能な世界を創り出す、あるいは再創造する方法を学ぶことにほかならない。その知識は、地球を守るうえでも確実に役立つ。火星、そして火星のテラフォーミングは、地球由来の生命が宇宙へと広がっていく方法を探る第一歩なのだ。
このような実践的知識に加えて、火星における惑星生態系創成には、より深い動機がある。もしこの宇宙に意味があるのだとすれば、それは生命のうちにある。もしこの宇宙における人類の目的があるのだとすれば、それは生命の豊かさと多様性を支え、高めること——地球上の生命を含めて——であるに違いない。地球の居住可能性を維持することと、火星の居住可能性を回復することは、私たちがこうした原理をどれほどよく理解しているかを試す、最初の試金石なのかもしれない。
クリストファー・P・マッケイ氏には『季刊大林No.33 火星』(1990年)にも「火星探査」についてご寄稿いただいた。
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クリストファー・P・マッケイ(惑星科学者、NASAエイムズ研究センターシニアサイエンティスト) 訳:竹内 薫
1954年生。コロラド大学にて宇宙地球物理学(AstroGeophysics)の博士号(Ph.D.)を取得。太陽系の進化と生命の起源を主な研究対象とし、有人火星探査を含む将来の火星探査計画にも積極的に関与。テラフォーミングについて理論的な研究をリードしている。
No.65「大地」
生命を育み、地球の豊かな自然環境を支える大地。私たちは日々、その恵みを受けて暮らしています。大地はどのように生まれたのでしょうか。また、地球以外の惑星に、大地は存在するのでしょうか。
本号では、人々の暮らしに根づいた世界各地の色彩豊かな大地の表情を紹介し、その成り立ちについてもひもときます。また、大林プロジェクトでは、火星のクレーターに大地をつくり、生命を育む環境を創出するという宇宙規模の誌上構想に挑戦しました。大地が育む自然の豊かさ、尊さを見つめ直し、未来の地球環境を考えます。
(2026年発行)
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